ジュリアス様のレッスン「かに」
中村モンド
 

貴方がかける謎を、俺が一つずつといていく。
俺が返した問いに、貴方が答えをみつけてくれる。

俺とジュリアス様の間で、繰り返され続けるこのレッスンの名前は「愛」という。白いノートの空白の1章が埋まるごとに、俺は、時に手の中に小さな金色の鍵をつかみとっている。

それは、宇宙の何にもかえがたい貴重な鍵だ。
貴方の心の扉を開く・・。

「重要な話があるのだ、オスカー」
その朝、執務室に行ってみると、ジュリアス様が俺を待っておられた。

部下である炎の守護聖の執務室に、この早朝から首座であるこの方がいらっしゃるというのは異例のことだったから、瞬間、すわ宇宙の危機かと身構えてしまったのだが---どうも違う。そういうことではないらしい。

ジュリアス様の紺碧の瞳には、なんというか・・甘やかな胸の秘密を共有している者同士の輝きが宿っていたのだ。宇宙で俺だけが知っている、俺だけが見られる、あのきらめきだ。

「とても重要な話だぞ、昨夜、私は夢を見ている」

「・・・」
「夢をみたといっているのだぞ、オスカー」
「は・・・」
「それもオスカー、そなたの夢だった・・・ふふ」

声をややひそめて、秘密を打ちあけるように、俺の肩に手をかけてそうおっしゃる。俺としては、それだけでもういろいろと夢心地にもなりかけるわけなので・・・。

「どうしたオスカー! 何か言うことはないのか!?」
ボーッとしている間に、ジュリアス様は多少いらだちはじめたようで、俺の肩から御手を離して、いらいらと腕組みをなされた。
やばい! 俺はあわてて神経を研ぎ澄ませたものだ。

この方の愛の回路が、まごうかたなき黄金でできておられることを、すでに俺は知っているが・・・ただ、その配線状態は、いささかその・・・尋常とはいいがたいのも事実だった。
いや! 尊敬やまない筆頭としてのジュリアス様は、まぎれもなく完璧で、すべてにおいて万全の信頼に値する存在だ!

だが俺の、愛し愛される恋人としてのジュリアス様は・・・もうとにかくなんというか、日々、予想外の連続といったところで一瞬たりとも気が抜けない。率直にいって、ウブというより異常の域にまで達している。ま、そこがいいのだが・・・な。
守護聖として聖地に召しだされて、この方にはじめて会った時、まるで落雷のように---俺は、一つの運命を感じたんだ。

「なぜ自分だったのだろう?」
守護聖ならば、たぶん誰もが一度は迷いに思うであろうこの疑問を、俺だけはかつて抱いたことがない。

すべてにおいて「最高のもの」がふさわしいこの方に、「愛」を教えるための最初の教師役として、あまねく宇宙から選ばれたのが、つまりこの俺、炎のオスカーだったのだと、かたく信じているからだ。

いや、「最初の」というのは言葉のアヤだ。俺はこの方の生涯の愛人でありつづけるつもりだし、いとしいこの御方の手を離す予定はない!
そう。はじめての恋の誓約が、その通り永久に続く・・・そんな愛人こそ、光の属性を持つこの方にはふさわしいってものじゃないか?

さて。
よくよく話を聞いてみると、どうやらジュリアス様はこれまでほとんど「夢」というものを、ご覧になったことがないらしい。

むろん就寝時のREM睡眠はあるのだろうが、目覚めてから記憶に残るような一貫した印象は一度もなかったとおっしゃるんだ。
筆頭守護聖としての緊張感が、そうさせているのだと思えば、おいとしい。

炎・風・・・他のどのサクリアよりも、光の属性は根元的なものだ。
それぞれの属性に象徴されるサクリアを力のままに送ることは、守護聖にとってはなんでもないわざだ。だがそれを、正しい一つの調和のもとにコントロールすることができるのは、首座の守護聖ただ一人。すべてのサクリアの調和を保ち、過剰な属性が悪しき影響を現さぬように統括する。それが首座の任務であり、ジュリアス様ほどの資質を備えていてさえ、なお、なまやさしいことではないのだ・・・。

そんなジュリアス様にとってみれば、自分が「夢をみた」という行為そのものが、すでに驚くべきことであったらしい。
しかもそこには、どうやら俺もでてきたらしいのだから・・・奇跡と思いさだめられたのも無理はない。

『どれほど愛しているか、これでわかったであろうが!』
世にも誇らしげに、ジュリアス様は腕組みをして威張っておられる。

声もでないほど、俺が驚いていると思い、満足しておられるようでもある。やれやれ、だ。自慢じゃないが俺など毎晩のようにジュリアス様の、こんな姿やあんな姿まで(いまだに)夢に見ているものなのだが・・・ふっ、かわいい方だぜ。
だが、そこまで考えた俺は、急に気になりはじめた。

この方の夢の中での俺は、いったいどんなだったのだろうか?
場所は海だったと、ジュリアス様はきっぱりおおせられた。

「波うち際の、それは美しい海岸であったぞ。オスカー」

「では、その海辺に俺と貴方が一緒に?」
「いや、そなた一人であった。熱心にカニをとっていた」
「カニ!?」

(カニィ!?)
あまりに情けない顔をしていたのかも知れない。ジュリアス様は眉をよせて、ねんを押すように言葉をくわえられた。
「知らないのか? そなた? 主に海岸に生息する甲殻類の一種だ!」
「い、いえ・・・知ってはいますが・・・」

むしろジュリアス様こそ、実際に波うち際やカニをご覧になったことがあるのかどうか疑問だとも、うっかり口をすべらせてしまったので、さらに怒らせてしまった。

「ばかにするでないぞ、オスカー!」

うっ。いつもながら、お見事な怒声だ。一瞬だが、執務室の窓がビリビリ鳴ったぜ。この同じ声が、二人きりの寝室であれほど甘い魅惑の響きをあげられるのか・・・思えば聖地の七不思議でもあるが、ルヴァに聞いてみるわけにもいかないしな?

「よいかッ、私とて海を見たことくらいあるのだ。まだ聖地に召されたばかりの頃であったが・・・実地教育の一貫として、私も実際の海辺へ行ったことがある!」

「・・・はッ」

「その時に、ちゃんとカニも見ておる!! 日程がきわめて押していたゆえ、ごく短時間の視察であったが・・・それでもこのジュリアスは、見るべきものはちゃんと見てきたということだ」

「・・・おみそれをいたしまして、まことにッ」

「うむ、わかればよいのだ。動きのすばやい、まことに小さな生き物であった・・・」

その時のジュリアス様の口元が・・・ほんのかすかだが微笑んでおられるのを見て、俺はふいに、何かを理解したように思った。
---ああ、そうだったのか!

幼かったジュリアス様は、おそらくそのカニを捕まえてみたかったのではないだろうか?
生まれてはじめて海にきた、活発な少年が、浜辺で見え隠れしているカニを見て、とりたくならないはずはないのだ・・・。

だがその暇もなく、一行は海辺をそそくさと離れたに違いない。
聖地の小役人どもめ!
俺は純粋な義憤にかられた。

着任したばかりの幼い光の守護聖に、波うち際でひょっと怪我でもされたら、自分はおろか一族の進退にもかかわる不始末になるだろう・・・だから、わざとがんじがらめの日程を作って、火の子を極力避けたのだ。
クソッ、俺さえ、その場にいれば・・・惑星の一つや二つはぶっ壊れたっていい、貴方を日の暮れるまで、遊び疲れるまで、砂浜で遊ばせてさしあげただろうに!

気真面目なこの方は、それが義務だといわれれば、どれほど心残りであろうとスケジュールに従ったに違いない。
不満に思うことすら、自分自身に許すまい。

ただ・・・しかし、夢の中でしか触れられないような深い意識の底では、長い月日の間もその記憶は残っていて、ようやくみた夢の中で、俺に・・・幼い日、自分がしてみたかったことをさせてくれたのだろう。
これで燃え盛らなければ、俺は男じゃない!

「ジュリアス様、いつか・・・またぜひ二人きりで、海へ参りましょう!」

「そなたとか? オスカー」

ジュリアス様は、優しい穏やかな声でそうおっしゃって微笑った。
ええ、そうです! 俺はジュリアス様の手をつつんで、胸にかき抱いた。

「俺たち二人で海へ行くのです。誰にも、邪魔などされない二人きりで・・・カニがウジョウジョいるカニだらけの浜辺へ行って、何日でも存分に、カニをとって、とって、とりまくりましょう!!」

「・・・オスカー・・・?」

----瞬間、たしかにジュリアス様は乗り気でない顔をされた・・・。