美神の憂鬱1
 

「ねえロザリア、触ってみたいと思わない?」
「そりゃあ、あれだけ見事なんですもの。失礼でなければわたくしだって」
「お願いしてみたらどうかしら?」
「だめですわ!」
「気持ちいいだろうな〜」
「承諾いたしかねます」
「今ならできるのよ?チャンスなのよ?」
「……陛下」
「あ、そうそう、きっとオリヴィエなら手伝ってくれるわ!」
「わたくしは、どうなっても知りませんからね!」
「素直じゃないわねえ…」

 その日、光の守護聖ジュリアスは、女王アンジェリークに呼ばれていた。
 
 宇宙を統べる女王の信任厚い筆頭守護聖。
女王補佐官を除いては、守護聖の中でも、最も女王に近い位置にいる存在なのかも知れない。
 いつものように、厳かな雰囲気を漂わせている広間での謁見。
 ジュリアスは、その心地よい緊張感が好きだ。
眩い光の中で、笑顔を輝かせている宇宙の女王。
まだ幼さを残したあどけない微笑みに、この宇宙の全てが掌握されている。

 差し迫る用件を済ませ、退出しようとしたとき、ジュリアスは補佐官ロザリアに呼び止められた。
 公には話せない用事があると言う。
いぶかしく思いながらも、案内されるままに別室へと赴く。
先に退出していた女王アンジェリークが、既にその部屋で待っていた。

「それで、用件とは一体?」
「大したことではないの。ただ、どうしても気になって。毎晩夢にまで見るのです」
「それは一大事。陛下のお心を悩ます事件、このジュリアスで何とかできるものであれば…」
「できます!」

「は?」
「この問題の解決には、あなたの協力が必要なの。お願い、ジュリアス」
「御意。陛下のお言葉なれば、どのようなことであろうとも」
「あなたの忠誠を、心から嬉しく思います」

「髪をいじらせてちょうだい」
「…何と?」
「あなたの、その見事な髪を触らせてほしいの」

 しばしの沈黙が流れた。
どういうことか把握できずに、ジュリアスは硬直している。
しかし、女王は既に、片手にブラシを握りしめていた。
純毛100%、美しい細工がしてある。

「見て。素敵なブラシでしょう?」
「お待ちください陛下!それはっ!」
「私は、あなたの髪を梳かしたり、結ったりしてみたいのです」
「陛下、女王陛下ともあろうお方が、そのような…!」
 狼狽えつつ、じりじりと後ずさろうとするジュリアス。
純毛のブラシを手に、確実に間合いを詰める女王アンジェ。
「知りませんでしたか?私が女王候補だった頃から、あなたの髪に焦がれていたことを」
「……っ!!」
 蒼白のまま、ジュリアスは言葉を失った。
 
 突然、その場に、けたたましい笑い声が響きわたった。
「あーあ陛下、あんまりいじめちゃ可哀想だよ。ジュリアスが固まっちゃってるじゃない。いんやー面白いモン見た」
 驚いたジュリアスが振り向くと、そこには色とりどりの衣装に身を包んだ夢の守護聖が、満面の笑みを浮かべて立っていた。

「オリヴィエ、そなた何故ここに?」
「ハーイ、ジュリアス。ワタシは女王陛下のお召しに従っただけだよん」
 オリヴィエは、器用にウィンクしながら笑いかける。
その笑顔を苦々しく思いながら、ジュリアスはようやく、これが何かの陰謀であるということに気づいた。

「陛下。恐れながらこのジュリアス、このような戯れ言には、お付き合いいたしかねます!」
 精一杯の威厳と、厳しい表情を取り繕う。
「戯れ言だなんて、そんな…。毎晩夢に見るほど焦がれている、と言ったはずです。このままあなたの髪がいじれないというのなら、私は、女王としての勤めが続けていけるかどうか、自信がありません」
「な…、陛下!?」
 青ざめるジュリアスに、オリヴィエが追い打ちをかける。
「ちょーっと髪をいじられるってぐらいで、大の男が狼狽えるなんてさ。しかも女王陛下の意向ってヤツでしょ?常日頃、女王の命令は絶対、とか言い張っていたのはどこの誰かなー?」
「…ぐっ」
 唇を噛み締めるジュリアスの、握り締められた拳が細かく震えている。

「わかり、ました。ご存分に…」
「あなたの忠誠心、心から嬉しく思います!」
 にっこりと微笑む女王と、がっくりうなだれるジュリアス。
ニヤニヤしながらピースサインを送るオリヴィエを見ながら、補佐官ロザリアは一人頭を抱えていた。