夜薔薇1
もろはかのこ
 

「人はそれを可哀想だというが、何が可哀想なのか私にはわからない」

抑揚のない声でジュリアスは呟いた。
まるで自分に語りかけているかのような声で。

 

オスカーはジュリアスの私邸の庭に立ちつくす。
二人は花咲き乱れる庭を散歩しながら、ひとしきり会話を交わしていた。
話題は、守護聖になる前の自分たちについて。

殊にジュリアスは、オスカーが聖地に来る前の話を聞きたがった。
家族のこと、学校について、友達の存在、恋の話。
ジュリアスがかつて経験したことのない、けれどオスカーが成長するために通り抜けてきた様々のこと。
そして、守護聖になっていなかったら、一体どうなっていたかということを。

「聖地の使者が来たときには、士官学校を卒業する間際でしたからね」
オスカーは懐かしむような瞳で、咲き誇る白薔薇の一輪を見る。
「実際に聖地に赴いたのは、王立派遣軍に配属されてしばらくした頃でした。もし、守護聖になっていなければ、生涯軍人として、女王陛下と宇宙のために尽力している人生だったでしょう」
その生は、とうの昔に尽きていたはずだろうけれども。

「では、今とあまり変わらないのではないか」
ジュリアスも同じ薔薇に眼を落としながら、花びらを愛でるように長い指を添わせる。
「そなたは炎の守護聖として、女王陛下と宇宙に貢献している」
「ありがとうございます」
オスカーはジュリアスに微笑みかける。
ジュリアスは満足げに頷いた。
「でも、子供の頃はいろいろありましたよ。父が敷いたレールの上を走るだけの人生なんてつまらないんじゃないか、などと反抗したり、俺には別の道があるんじゃないか、と脇道にそれてみたり」
「別の道、か。私はそのように考えたことはなかったな」
ふと、声に潜む翳りに気づいて、オスカーはジュリアスの顔を覗き込む。

「生まれたときから、私は家を継ぐ嫡子として、そして将来は守護聖になるべき者としての教育を受けていた。それ以外の道の存在は与えられなかったし、私も自分に与えられた使命を果たすことだけを考えて過ごしてきた」
「存じております」
「聖地に上がるときも、幼くして使命の重要さを察知していた。だから私は、それ以外の道の存在をあえて考えたことはなかった」
5歳の子供の肩にのし掛かった、多大なる重圧。
しかし、それは生まれたときから運命づけられていた人生でもあった。


「そなたは幼い頃、将来どのような存在になりたいか、などと考えたことはあるか?」
唐突なジュリアスの質問に、オスカーは面食らう。
「それはもちろん。子供の頃は夢のようなことをいろいろ考えましたよ。宇宙一の英雄になって父を見返す人物になってやるとか、どこかの王になって素晴らしい一生を送るとか」
聞くとジュリアスは僅かに破顔したが、すぐにまた薔薇に眼を落として呟いた。
「私には、そうした記憶が一切ない」
「ジュリアス様…」
 
「私は、夢、というものを持ったことがないのだ。そして、人はそれを可哀想だというが、何が可哀想なのか私にはわからない」
立ちつくす二人の間の薔薇が、風に揺れて白い花びらを震わせた。